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26日公開の外交文書によると、1993年4月の日米首脳会談で宮沢喜一首相は、国際的に孤立する北朝鮮に経済制裁を発動しても、核開発に歯止めをかけられるだけの成果を得られるかは疑わしいとの考えを示していた。戦時中の日本も、米英などからの制裁に耐え抜いたとの見方を示し「効果的に実施することは困難だ」と発言していた。
かつて中国を侵略した日本は米国、英国、中国、オランダによって集団制裁態勢(ABCD包囲網)を敷かれたが、撤退に応じなかった。追い詰められた末に対米戦争へ突入していった経緯がある。
宮沢氏は、一連の経緯を念頭に「日本も50年前は孤立し、経済制裁を受けたが、生存状態を維持するだけであるなら、食いつなぐことができた」と説明。対日制裁が効いたとは言いがたいとの認識をクリントン大統領に伝えた。
宮沢氏は19年生まれで、大蔵省(現財務省)の職員として戦時下の生活を経験。後の首相在任時に、当時の様子を巡り「家は焼かれて熱海から通っていました」と記者団に語っている。日米会談での発言は、宮沢氏自身の実体験に基づく歴史認識が反映しているとも受け取れる。
外交文書で宮沢氏は、北朝鮮が制裁を受けた場合、経済的苦境に陥っても、以前の日本と同じように耐え忍ぶとの見方を示唆。「(制裁下の)北朝鮮にも何らかの食物はあるだろう」とした。
北朝鮮の核・ミサイル開発問題に関し、国連安全保障理事会はこれまでに、核実験などのたびに制裁を段階的に強化。日米も独自制裁を科しているが、事態打開の兆しは見えない。〔共同〕
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